• 鈴木 翔太

他人からの評価はいらない理由

この記事にアクセスしていただきありがとうございます。


この記事では、他人からの評価がどのようなものなのかを明らかにし、それが不要な生き方を提案してみたいと思います。


まず他人からの評価ですが、現代社会ではこの他人からの評価を受け入れるのが当たり前の社会です。


学校では先生の評価、企業では上司や株主、顧客からの評価、スポーツでは監督やコーチからの評価などです。


親や友人、SNSのフォロワーからの評価、もっと言えば国民からの評価もあります。


それが当たり前の社会なのですが、実はこれらには絶対的な基準や正解はありません。


学校の例で見てみると、先生からの評価の場合、これは通信簿が該当します。


評価が数字かアルファベットかは学校によって違いますが、科目に対する評価がされます。


5段階評価の場合、

国語:3

算数:5

理科:4

社会:1

 ・

 ・

 ・

といった具合です。


これはそもそも5段階で評価できるでしょうか?という疑問もありますが、明らかにおかしいことがあります。


それは生徒の過去に対する評価であるという点です。


「あなたの1学期の評価はこうです」と通信簿を渡します。


そこに生徒のこれからの可能性や評価は含まれません。


それを生徒が持ち帰ってみると、成績が悪ければ親に「ちゃんと宿題をしないから1がつくのよ」、「なんで勉強ができないの?」と怒られるケースもあります。


過去の評価を強化をするわけです。


親戚の集まりがあれば親戚からも同じようなことを言われると益々「自分は勉強ができない」とその生徒は脳に刷り込んでいきます。


怒鳴られたりすればそれが生徒にとっては強い情動記憶となるため、勉強をしようとすると怒鳴られた時の場面が想起され、怒鳴られて悲しんだ情動も伴います。


子供にとって親は絶対的な存在のため、大きな影響を与えます。


また「自分は勉強ができない」を強化していくことになるのです。


逆に、成績が良ければこれとは逆のことが起こるでしょうが、進学後に成績が悪ければ、「昔は勉強できたのにいつから頭が悪くなったの?」と、また過去ベースの評価が出てくる可能性があります。


これは勉強に対する評価ですから、自宅で夢中で取り組んだやりたくて仕方がなくてエネルギー全開のゲーム活動に対する評価は一切含まれません。


これは企業であっても同じことです。


趣味の評価は一切含まれません。


企業での評価なので当たり前ですが、これらを受け入れると趣味の時間もエネルギーが出なくなるリスクがあります。


脳に刷り込まれればその通りの人間になってしまいますので、他人からの評価を受け入れるのは危険が伴うのです。


評価をする人が違うと、評価そのものも違ってくるのが他人からの評価です。


評価をする人にとっての価値観があります。


これが他人からの評価であり、過去に対する評価です。


絶対的な正解や基準はありません。


では他人の評価を受け入れない生き方とはどのようなものでしょうか。


ここまで読み進めても、「でも過去を評価するのは当たり前」のことのように思えますが、人の未来はこれから何をしていくのか?ということですので、不要なことです。


時間は流れると考えるのであれば、未来から現在、過去という向きで流れます。


多くの人は過去から現在、未来へと流れると考えますが、逆向きに流れるということです。


過去から現在、未来へと流れるとうことは、この世に生まれたから会社員になっているというような考え方です。


"子供の頃はこんなことをして、こんな大学を卒業したのでこの会社に就職しました"というのは"この世に生まれたから会社員になっている"と同じです。


そんなことはあるでしょうか?


高校生であれば、こんなことがしたいと考え、そこに向かって勉強したりするものです。


これは未来を引き寄せているとも言えます。


"今勉強しているからこの大学に入れた"のではなく、"この大学に入りたいから勉強する"のです。


受験に合否に関わらず、何らかの目的があってその未来が向かってくるのです。


受験に失敗して落ち込んで、何もしたくなくなるのもそういった未来を選んだからです。


今この瞬間も過去に流れていきます。


"1時間後"も過ぎれば、"1時間前"になります。


時間は未来から過去へと流れていくのです。


つまり、過去の評価というのは既に終わったことであり、未来に関係ありません。


未来になりたい自分に必要であれば受け入れれば良いだけです。


そこにふさわしくない評価は不要です。


この他人からの評価は、自信の目標がない場合は必要になることがあるかもしれません。


会社の上司に押しつけられた目標を目指すのであれば、上司からの評価が重要です。


言い換えれば、会社の上司の言いなりです。


上司がこうしなさいと言えばそれに従います。


上司の評価が重要なのでおかしなことではありません。


こういった生き方は幸せでしょうか?


もし幸せではないと考えるのでしたら、自分の目標を持つことが望ましいです。


自分軸の目標があれば、他人からの評価は切り離すことができます。


自分が決めた目標に向かうのに必要なのは自己評価です。


目標に近づきそうな評価であれば受け入れれば良いですし、意味の無い評価なら無視すれば良いのです。


気をつけえたいのは、手段を目標にしないことです。


例えば、お金を稼ぐことを目的にすることです。


お金は物の交換のツールですので、使うものです。


それを目標にしてしまうと、怪しい話に引っかかってしまったり、貯金が目標になってしまったりします。


1億円を貯めた男の末路とは?


目標というのは、達成してしまうと燃え尽きてしまいます。


アメリカの調査で、企業に勤めていた人が引退後に新たな目標がないと、何らかの原因で死亡してしまっているデータがあるそうです。


上記の記事に通じるものがあるようにしか思えませんが、目標は近づいたら更新する必要があります。


そこに関しては下記の記事で詳しく説明しているのでそちらをご参考いただければと思いますが、そもそも手段を目標そのものにするのは間違いなのです。


【解説】 ゴール設定


是非自分軸の目標を持って生きてください。


それこそ幸せなことだと私は思います。


最後までお読みいただきありがとうございました。

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新年あけましておもでとうございます。 昨年はコーチングを本格的に学び始め、私にとって大きな変化が得られた年となりました。 この記事では、その大きく得られた変化の一部について書くことで、コーチングを学ぶことの重要性を伝えられればと思います。 全員が同じことができるようになるかどうかは別として、私自身が得られた変化については、言語化できる部分だけでもたくさんあります。 ・コーチングを受けることで現状の